どうせなら意味のある成果物を残したい 
2012/05/06, 02:40 - IT
システム開発を”請け負う”場合、テスト工程の成果物として要求される物の1つに「エビデンス」というやつがあります。

システム開発の現場で、特にテスト工程のエビデンスとは「こういうテストをしました」という”証拠” の事ですが、普通は試験項目書や試験結果票と対で残されます。
内容物としては、実行時の画面キャプチャや、ログなどですが、
正直なところ、僕はこのエビデンスというモノが果てしなく意味のないモノのように思えます。
※画面キャプチャやログがそれにあたるのなら。という話です。
プログラムに対して、どんなテストを行ったのかは、試験項目書と結果票を見れば分かります。
なのに、どうしてエビデンスを残す必要があるのか。

答えは簡単、ウソをつく人がいるからです。
やっていないにも関わらず「試験をしました」と言う人がいるから、
そういう”ズル”をさせない為に、じゃあ「証拠を残せ」という事になるのです。

発注側からすれば、品質を維持する為、また、問題が起きた時の、原因/責任追及の道具を作ろうとしているのだと思いますが、なんともまぁ後ろ向きなハナシのように思えます。

そういうズルをする一部のエンジニアがいる事によって、顧客の信頼を無くしている事が腹立たしくもあり、同じエンジニアとして申し訳なくもあるのですが。。

ただ、このエビデンスとして残した実行ログは、問題が起きた時ぐらいにしか見ないと思います。つまり、問題が起きた時に「やっぱ出来てねーじゃん!」と後から指摘する為の道具でしかない訳です。

いや、ひょっとすれば問題が起きても見ないかもしれません。
「きちんとテストをしなさい」という牽制の意味合いでしか残させていないのだとしたら。

でも、これらはエンドユーザさんが品質を保つ為に「せざるを得ない要求」だと思います。(何せズルをする人がいるから)

・・・が!
よく分からないのは、エンドユーザがエビデンスは要らない。と言っているにも関わらず、商流的に上位のSIerなどが、エビデンスを強制するケース。

「エビデンスは要らない」と言うようなエンドユーザが期待しているのは、恐らく品質を高く維持する為の、もっと別の事に工数を使ってください。という事だと僕は理解しています。
※そういうユーザさんは少ないですが。

このように、せっかくエンドユーザが、もっと有用な方法で品質を高めて下さい。と言っているにも関わらず、システム屋であるハズの彼らは、意味のないエビデンスを残す事に工数を使えと下流に要求してきます。

エンドユーザが、品質向上の為の具体策を出せないのは、まだいいでしょう。
でもシステム屋が、具体策を出せなくてどうするんだ?

せめて「テストコードは必ず書け!」ぐらいになりませんかね。

本当にそのテストを行ったのか/出来ているかを確認するにしても、キャプチャやログを見るより遥かに信頼できるし、品質向上にも繋がると思います。
保守や仕様変更にもきっと役立つと思いますけど。

おう!なんか乗ってきた!ついでにこれも言っとこう。

あと、我慢ならないのが、品質評価。
最近はどこの現場でも、ステップ数に応じて、想定されるテストケース数、バグ数が算出され、それに従っていないプログラムは品質が低く、従っているプログラムは品質が高い。と評価されます。

・・なんでやねん。orz。
想定通りのバグ数を出す事が、高品質に繋がると本気で思ってるんでしょうか?
というか、条件分岐数換算とかであれば、まだ”マシ”ですが、
いまだにステップ数換算は、イケてるんでしょうか。・・何時代っすか。

あと、この際なんで(どの際やねん)、役割を果たしていないチーム、役割のよくわからないチームが多すぎる事について、ちょっとだけ。

最近は、どこの現場でも”○○推進”というチームを見かけますが、
本当に推進しているチームを、まだ僕は見た事がありません。
僕の認識では、”○○推進” というのは、○○の効率を上げ、生産性を高める為の合理化を推進するチームです。
なので、例えば先に挙げたテストに係る”テスト推進”であれば、テストの効率化/合理化を推進する為に、テストのプロフェッショナル達がその役割を遂行すべきだと思うのですが、実際は・・

僕の認識が間違ってるんでしょうか。

タイトルからは少しずれてしまいましたが、こう。なんというか。。
あいかわらず不満しか出てこなくてスイマセン。。

少しでも良くしようと、いろいろと頑張ってはいるつもりなんですが。
最近は、この仕事、向いてないかも。。とか、イヤイヤ!ここで逃げ出すのは違うだろ!とか、いろいろと悩み中です。


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